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此れまでの表紙

2002年8月〜


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謹白2009年頭

昨年の暮れに加藤周一という難しいことを言うおじいさんが亡くなり、その追悼番組が放送されたのを眺めていた。ソヴィエト軍がプラハに侵攻したときの話を聴きながらぼくはうとうとしていた。はっと気付くと話題と場面がベトナムに変わっていて、ぼくは懐かしいの姿をブラウン管の中に見つけた。

のことをはじめて知ったのはぼくが大学の写真部でぐうたら部長をしていたとき。これといった行事もやらず、活動費を余らせてしまい、予算を使いきらないと来年度の活動助成金が大学からもらえないと、前部長パオパオの徳氏に怒られて、とりあえず何か写真集でも購入しようということになり、ではなにをかうかということで各人好きなことをいいなかなかきまらず、とりあえず無難なところで世界的に有名な報道写真を集めた本を買ったのだが、ぼくはその本の中で初めてに出会ったのだ。

の名前も年齢も国籍も知らない。何処かに書いてあったかも知れないが覚えていない。たぶん何処か南の方、ベトナムだかインドシナだかカンボジアだか、そのへんの何処かで、ようするに当時のぼくの世界に対する距離感や認識はその程度だったということだが、写真の中のは、頭に銃口を向けられていたのだ。銃口から逃れようとは顔をゆがめている。そこまで画面にうつされていたのかぼくの想像があとで作り出したのかわからないが、は後手に縛られている。キャプションにはがこの直後に射殺されたと書かれていたとぼくは記憶している。

写真集には他にも衝撃的な写真がたくさん掲載されていたのだが、ぼくはとりわけに深い思いを持った。はその時以来ぼくの中で永遠に殺されかけている男という存在となったのだった。逃れようも無い銃口を向けられたまま、は永遠に眼前に迫る死の恐怖を味わい続けているのだ。折に触れて、ぼくはのことを思い出しぼくがとなって死の恐怖を思った。はぼくだった。ぼくに突きつけられている銃口が透明で、ぼくを縛める縄は長く伸ばされているようだったが、基本的な状況はたぶんと何も変わらない。おそらくあなたも。さらにいえばあのときに銃を突きつけていた兵士のこめかみにすら、同じ透明の銃が突きつけられていたはずだ。

さて、寝ぼけまなこのテレビの中にそのが現われたのだ。は動いていたぼくは思わずあっと小さく叫んだ何かナレーションがかぶりまぬけな銃声がしてがぴょんとたおれカメラは手ぶれしながらもその姿を追い地面にころがり頭から血を流しているをとらえている小便小僧の放尿のような放物線を描いての頭から血が流れている。ぼくのなかで永遠に殺されかけていた人があっけなく殺されてしまった。がその場所に引き据えられるまでの時間はよくわからないが、銃口を向けられてから弾丸がの脳味噌を貫通するまで、ものの数秒だった。ぼくが学生時代に写真で見て以来ぼくの脳裏で反復されてきたの恐怖にゆがんだ表情はじつはそんな瞬間にすぎなかったのだ。

呆然としているぼくをよそにテレビの中では日本の学生運動の話がはじまっていた。見るべきものは見たと思い、ぼくはテレビを消して二階へあがり明日の仕事に備えて眠ろうとしたが頭の中では永遠に殺されかけていたが殺される映像がエンドレスでリピートされてなかなか眠れなかった。瞬間をとらえた一枚の、唯一の写真だと思っていたものが、じつはムービーでもとらえられていた。公開処刑だったようだから他にもアングルの異なったショットが存在しているかもしれない。はあのとき、銃とレンズを向けられていたのだ。はそれをどんな気持ちで見たのか。ニコンもツアイスもの脳裏に去来するものを記録することは出来ないのだ。自分で考えろということだろう。ぼくの頭にある『死を思う』のフォルダには『永遠に殺されかけている男』に加えて『一瞬のうちに殺された男』というファイルが作られた。これらのファイルは折に触れて自動的に開きぼくに死を思えと言い続けるのだ。

二千八年
九月十四日 映画『20世紀少年』堤幸彦監督 TOHO CINEMAS梅田
十月五日 『The Dog in France フランスの犬』尾仲浩二 ナダール大阪
十月十二日 『イコノグラフィー』Palla/河原和彦 Gallery Kai
        『第2回☆6Motiont展『R』』 フォトピアギャラリーPIAZ
十月十八日 『豊かな眼差し Martine Franck展』可必館・京都現代美術館
        『山村国夫写真展 monologue-autumun2008』 Gallery・DOT
        『逆柱いみり展』トランスポップギャラリー
十月十九日 『四條畷吹奏楽団 第28回定期演奏会』四條畷市市民総合センター市民ホール
十一月二十九日 『2009年写真ひめくりカレンダーVOL10』西川和利 Gallery・DOT
十二月七日 『Wind Quintet IPUNI Flute Ensemble COULEUR ジョイントコンサート』生駒市コミュニティーセンター文化ホール
十二月八日 『春城教室書道展』画廊喫茶エコー
十二月十四日 『How are you, PHOTOGRAPHY?』同時代ギャラリー他
          『農村集落の暮し』松見勝郎 『邂逅』岡本紗奇 京セラ・コンタックスサロン京都
十二月二十一日 『How are you, PHOTOGRAPHY?』ギャラリーカト
           『丸木位里・俊・スマ展』ギャラリーヒルゲート
           『大江ゆい個展/赤い箱』Rabbit Coffee
十二月二十八日 映画『K-20怪人二十面相・伝』佐藤嗣麻子監督 TOHO CINEMAS梅田

二千九年

一月十日 
お正月に年賀状のふりしてひそかに配達された一通の案内状に従い、私は誰にも気付かれず環状線天王寺駅を降り阪堺電車に乗った。天王寺から南は私にとっては殆ど馴染みの無い場所で、路面電車の運転席のすぐ後ろに立って、運賃二百円握りしめものめずらしげに外をながめたのであった。電車はごトごトと走り、私は車窓に映る町並みに心引かれ、降車を指定されている帝塚山三丁目よりも一駅前で降りて、道路を歩いてみた。へんに裏道に迷い込んで時間を使い目的地に着くのが遅くなってもイカンと思い、後ろ髪引かれながらも電車道を急いだ。
帝塚山学園幼稚園を過ぎ、お好み焼き屋の角を曲がると、そこが案内状に指定された場所であった。確かに看板が路上に置かれている。「Gallery Limelight」と書いてあるが門扉が閉ざされて中を伺うことは出来ない。だが諸君! 臆することはナイ。迷わず門を開けるのである。するとどうであろう!! 門の内側には鉢植えが幾つか置かれた何の変哲もない庭があり、更に中を伺うことが出来ない玄関ドアがあるではないか!!! 私は躊躇うことなくドアをあけるのであった!!!! 玄関の中もまた普通の住宅そのままで、まるで友達の家に遊びに来た様に「こんちわ」とか言ってしまうような雰囲気なのであった!!!!! 嗚呼諸君、しかし此処こそが、写真家兒嶌秀憲が造りだした写真の秘密基地なのであったいや別に秘密ではないのだが、兒嶌さんによれば、予算の関係で派手な宣伝をしていないというだけことだが、それならいっそ、秘密基地とか隠れ家とかゆうほうがわくわくするし。みんな知ってるけど内緒だぜみたいな。
外観は古びた二階建ての住宅だが、内部は板厚12ミリのボードに壁紙をはった壁面と照明設備を持つギャラリースペースが二部屋、引伸機三台と高級ステンレス仕様の特注流し台を有する暗室も備えてレンタル使用も出来るのだから、写真が好きな人にはたまりません。内緒ですよ
さて、そのギャラリーでは兒嶌さんの『やわらかな時間の流れ・vol.3』が展示されていて、表通りを時折走りすぎてゆく路面電車の音を聞きながら、ゆっくりと写真を見ていると、幸福というのはこのような一瞬に存在しているのだなあとつくづく思うのです。何年か先のある時、ふとその一瞬の記憶が蘇り、嗚呼あの日あの時あそこで写真を見た、その時私は確かに幸福であった。と確信するに違いないと思うのです。そんな時間が体験できる今回の写真展は一月十七日までこっそり開催中水曜定休。虚空研究所を見てくれたあなたにだけこの貴重な情報を内緒でお知らせします。それから、秘密の合言葉は「ぶんぼうぐのことならだいこくや」です。  

 






奴らの居場所#9

とりあえず写真展の期間は終了。でもまだ写真はエコーに展示中。

八月十三日 新幹線で広島。在来線で宮島口。連絡船で宮島。厳島神社参拝。宝物館で平家納経を見る。広電西広島乗換えで乗った電車は被爆電車で坂道では焼け付きそうなモーター音を響かせて走る。宇品からスーパージェットで松山観光港。電車乗り継いで帰省。夕食でビールと、もらい物の高い焼酎をロックで飲んで昏倒。

八月十四日 同じように飲んで昏倒した父は翌日には元気恢復して「迎え酒でもしたらしゃんとすらい」と沈没したままの私の枕元へ缶ビール持って来るが私の胃は何も受け付けない。父は昔癌の手術で胃をなくしているので平気なのだ。おもえばここ二週間仕事が忙しく体調が悪かったところへ普段飲み慣れん高級焼酎を入れたものだから胃がたまげたんじゃのう。結局その日は飲まず食わず頭痛が痛くて殆ど寝たきりとなり、腰痛も痛くて寝返りをうってはまた胃が気持ち悪くなりお酒の神様に申し訳なく、写真を撮ろうにも二眼レフが重すぎてフイルムをよういれんので、三十五ミリで部屋の中や庭をちょっと撮ってはまた横になるといった状態で写真の神様にも申し訳なく、こんなすてきなピーカンの夏の日に写真が撮れんとはムゴイことじゃのう。いつだったか誰かのブログであえて写真を撮らない日を作ろうと言っているくそ馬鹿がいると知ったが、そんなくそ馬鹿にはわしの気持ちはわかるまいこの人生であと何回こんな素晴らしい晴天があろうか、晴天であろうがなかろうが今日は今日しかないものを撮りたい時に写真が撮れんのは情けないのう。しかしこの体調では炎天下に出たらたちまち蒸発すらいとおもい日が傾くのを待ち、何とか二眼レフ首に下げて墓参りの行き返りに写真撮り帰って風呂入ってまた寝る。

八月十五日 昼の電車で高浜。観光港からスーパージェット。今日はかなり恢復したので港や船内からみえる景色を写真にとりながら宇品まで。夜七時過ぎに帰宅。

八月十六日 まだ本調子ではない感じで家でごろごろ。昨日の航海の余韻で、船舶関係の雑誌のバックナンバーを読み返したり、今年の夏休みの課題圖書『海底二万里』の続きを読んだり、夏の定番CD『黒いオルフェ〜オリジナルサウンドトラック〜』聴いたりする。

八月十七日 家の掃除。CDあがた森魚『日本少年』後半を聴く。これを聴くとああ夏休みももうおわりじゃと毎年思うのです。とくに今年は海底二万里も読んでいるので、ことさらに心に染みます。体調はだいぶんもとにもどりつつありますが、まだお酒を飲みたいとは思いません。ああ今年はちょっと情け無い夏休みになってしまいました。元気を出す為に『日本少年』の歌詞カードにある、わしがぼーずあたまの中学生の頃から大好きな文章を引用します。

 『夢は踏切れる事はあつても、決して醒める事は無い。僕達は其れを識つて居る。識ら無いのは、否忘れてしまつて居るのは大人達丈だ。彼等は、もう夢など見る術も無いと想ひ込んでしまつて居る。悲しい事では無いだらうか。夢など決して醒める筈も無いのだ。
 僕達は決して忘れ無いだらう。僕達は生きる歓びは、子供の頃見續けた夢をひとつひとつ實現して行く事に他ならない。
 アイザツク・ニュートンの様に、ベンジヤミン・フランクリンの様に、チャールズ・ダーウインの様に、アルバート・アインシユタインの様に、ライト・ブラザーズの様に、トーマス・エデイソンの様に。』(振り仮名省略、躍字は仮名に改めた)

八月十八日 今日からまた仕事いやだなーとおもいつつ開いた朝刊に福岡正信が九十六歳で老衰で亡くなったという小さな記事を見つける。以来一週間福岡正信について思い続ける。

八月二十四日 『宮本常一が歩いた日本 昭和37年〜39年』宮本常一 ニコンサロンbis大阪、『Requiem東京大空襲』広瀬美紀 大阪ニコンサロン。本屋で福岡正信の著作立ち読みするが軍資金乏しく結局買わず。小西模型と中古カメラ屋、レコード屋覗いて帰宅。

 






奴らの居場所#8

二千七年
十一月四日 『夏日―natsubi』ミミタカシ ギャラリー・グレイス
十一月十八日『記憶の中の風景』高原淳 Gallery・DOT、『RE*LOVE』吉田ヤスヤ ギャラリー・グレイス
十一月二十三日 年賀状写真撮影に須磨へ。海浜水族園のイルカのスマイルが死んだことを知って驚く
十一月二十四日 『静・動・夜』西川克二 海岸通ギャラリーCASO

十二月十六日 『How are you,PHOTOGRAPHY?』 同時代ギャラリー、『京都現代写真作家展』京都文化博物館〜アスタルテ書房〜鳩居堂〜三条サクラヤ、『やわらかな時間の流れ vol.2』兒嶌秀憲
十二月二十三日  『How are you,PHOTOGRAPHY?』 ギャラリーカト

二千八年
一月十九日 『毒男の世界』湯本源太 ギャラリー・グレイス
一月二十日 『グリーンコンサート』大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部 フェスティバルホール

二月二十二日 先日来続いていた腰の痛みで体曲がらず近所の整骨院へ行く。腰の痛みは二月一いっぱい続く
三月はじめから眼が痒い。今年も花粉の季節が

三月十五日 『公的なるイメージ』樋口裕昭 Gallery・DOT 『第1回☆6−MOTION展』ギャラリー・グレイス
三月二十二日 『日々の泡』小嶌恵実 GALLERY PHOTOGLAM

四月十九日 『mo no lo gue-2008』山村国夫 Gallery・DOT
四月二十日 高校のクラス会幹事にメールするために数ヶ月ぶりにパソコンを立ち上げる。ついでにニコンサロンのサイトで、下瀬信雄展が二十二日までと知り、「イケマセンがな」とショックで飲酒。
四月二十六日 『アイム・ノット・ゼア』トッド・ヘインズ監督 梅田ガーデンシネマ、『樹霊』大坂寛 大阪ニコンサロン
四月二十七日 『ようこそ恐竜ラボへ!』大阪市立自然史博物館

今年の花粉症は思いのほか症状が軽くて、遂に体内に抗体が出来たか、あるいは正月からこちら経済的理由で飲酒を控え気味できたのがよかったのかと友人にメールしたら今年はみんな軽かったといわれてがっかりしたが、連休明けから鼻と喉に違和感があり咳と痰と鼻づまりが続く。

五月三日 『姫路菓子博』 姫路城周辺
五月十七日 『凶区』森山大道 HEP HALL
五月二十五日『故郷歳時記−祭−』西山たかし Gallery・DOT
五月三十一日 胃カメラ予約。大阪写真月間2008ピルゼンギャラリー、冨士フイルムフォトサロン大阪

六月七日 胃カメラ。胃壁に外圧要精査なる所見とりあえず来週CT予約。『ライカで散歩』北井一夫 NADAR,、大阪写真月間2008大阪ニコンサロン
六月十四日 CT撮影するも医師は首をかしげ、よくわからないという。腸が圧迫しているのだろうとおもうけれど、念のためエコーか、造影剤を入れてみようかなどと言い出す。とりあえず来週レントゲン科の医師の所見を聞くことにする。
六月二十一日 CT結果レントゲン科所見。胃の圧迫は結腸による。問題なし病院の帰りにギャラリー巡りして写真展のポストカードを置かせてもらう。

写真展のおしらせ:来る七月六日よりJR四条畷駅前の画廊喫茶エコーにて写真展『母港』を開催します

七月五日 暑さの午後、マットに入れた作品の風呂敷包みを乗せたコロコロを引っ張ってエコーへ搬入。額にいれる。壁に掛けている途中で、去年エコーで三人展やったCONTAさんが来てくれる。
七月六日 初日午後から会場へ行き、『駒井哲郎 若き日の手紙』を読む。まんどりん倶楽部さん夫妻がきてくれる。

七月七日、九日、十二日 エコーに夜寄る。最近はマスターの蔵書から、今は無き『FROG』というギャラリーが出していた機関紙を読ませてもらっている。有名な写真家や評論家も文章をかいているが、私のお気に入りは五井毅彦『ギュレギュレ日誌』。まるで悪い夢のような、よくわからない文章が気になってしょうがない。
七月十三日昼食後先週の続きのフイルムの入ったマミヤユニバーサルプレスで写真撮りつつカラーフイルムを55stasionへ現像に出しエコーへ。駒井哲郎の続きやらマスターが出してくれた今は無き『PHTO JAPON』や『FROG』など読み眠くなってしまい、カメラのフイルム入れ替えて写真を受け取りに行きつつ写真を撮りなおかつ電気屋で家族に頼まれていた家の電球も買ってエコーに戻ると村田兼一さんと山崎さん福岡さんうろぼろす堂さんが立て続けにやって来たたのしい日曜日。

七月十九日 午後から子供連れてエコー何時もより遅い会場入りで折角来てくださっていたこじまえみさんらには会えず。

七月二十日 会社の同僚のお母さんが『母港』の撮影地である郡中の出身ということで見に来てくださる。「ここは警察署の近くの道」「この墓地に仲の良かった友達のお墓がある」と写真の中へ入っていただき、うれしいひと時。午後からはうろぼろす堂さんとミミタカシさん勝山信子さんがやって来て素晴らしい日曜日。

七月二十一日 今日は友人の詩人空安さんが来てくれる。人生や文学やテレビやマンガや映画や音楽や健康や宗教について話すしみじとした休日。

七月二十七日 午後から写真撮りながら会場へ。既に奈良に住む大学時代の友人夫妻が帰った後だった。遠路きてもろたのに申し訳ないことをしました。奈良からもう一人高校時代の友人がやってくる。卒業以来の再会を果たす。その後、京都の亀村ヨシノブさん。続いて、うろぼろす堂さんと兒嶌秀憲さんがやってくる。みんなで放課後の写真部のような時間を過ごす。

八月一日 六時過ぎに仕事を終えてエコーへ。・DOTの岡田さんがやってくる。まずビール。写真見てそれから・DOT誕生前夜の裏話など聞かせていただく夢のような夜。

八月二日 一応今日で写真展「母港」最終日。休日出勤を定時で切り上げエコーへ。
みなさまご来場ありがとうございました。会期は終了しましたが、もう暫く写真は掛けたままになっているのでお近くへお越しの節はどうぞ覗いてやってください。

八月三日 梅田へフイルムの買出し。暑いので何処にも寄らず帰宅。いやちょっと中古カメラ屋とCD屋覗いて帰宅したら家族が住道へ行くというのでまたくっついて出かける。
『Welcome to my hometown! 〜住道駅前探検隊』中村協子 大東市立生涯学習センターアクロス。

 






奴らの居場所#7

七月十六日 『ニホンの風景』須田一政 ニコンサロン大阪
七月二十九日 『魔笛』ケネス・ブラナー監督 OS名画座
八月五日 『サマーポップスコンサート』関西フィルポップスオーケストラ藤岡幸男指揮 伊福部昭『SF交響ファンタジー1番』をなまで聴いて感激。
八月十一日 帰省の途中呉に寄る。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)、海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)見学。うまれて初めて潜水艦に乗った。
九月二日 『フィラデルフィア美術館展』『新象展』京都市美術館。
九月九日 『聖なる山々』永坂嘉光 『里山の仏たち』入江泰吉 入江泰吉記念奈良市写真美術館。久しぶりの奈良。道に迷う。
九月十六日 『シュルレアリスム展』姫路市立美術館。エコーのマスターに教わり山陽特急で行く。
九月二十九日 『"PRINCES OF DESIRE"写真集刊行記念展』村田兼一 乙画廊
十月六日 『夜毎の悪夢』亀井吾郎 ギャラリーグレイス、『東京夢譚』鬼海弘雄 ニコンサロン大阪。
十月二十日 『小さな旅のモノローグ 丹波路』山村国夫 Gallery・DOT 『佐伯俊男・あかいはこ発売記念展』トランスポップギャラリー







奴らの居場所#6

ゴールデンウイークは家族旅行で東京ネズミーランド、東京タワー、浅草。おやじオプションは横須賀の記念艦三笠と上野の国立博物館。

五月十三日『小さな旅のモノローグ・木曽中山道』山村国夫 ・DOT 

五月十九日毎年恒例の胃カメラ予約の為病院へ。その後『関西写真家たちの軌跡100年』兵庫県立美術館 、『distance』西川克二 Gallery Kai、『HOTEL』須田一政 Nadar、ベルリンブックスでレオン・スピリアールト展図録見つけて買う。この日は体調悪く、鼻水だらだらで、岩宮武二の洟垂れ小僧の写真と向き合うことになった。

五月二十日体調不良だが出かける。『ミラン・ファノ・ブラトニー写真展』gallery176、『東京1980』須田一政 BIG STONE Gallary(ママ)。紀伊国屋書店、ヨドバシカメラ。帰宅後発熱。

五月二十一日仕事帰りに内科受診。医師は症状を聞いて「今流行りの風邪です私もひいてます」といい大量の薬を処方。
近所の田圃に水が張られる。

五月 二十六日胃カメラ。異常なし。その足で京都。『記録』森山大道 ARTZONE、寺町通りを北上三月書房覗く。便意を催し何も買わず出て御所まで歩きトイレをかりる。『若冲展』相国寺承天閣美術館、『鈴木翁二展』トランスポップギャラリー。

六月三日大阪写真月間『写真家150人の一坪展』ピルゼンギャラリーと冨士フイルムフォトサロン、『子供の時間』小西淳也 gallery176、ヨドバシカメラでフイルムを買いレジで「ポイントため」といって財布を開けたら諭吉が一人もいなくてあわてる。ポケットに一葉がいたので事なきを得た。貧乏はかなしい。

六月十日映画『ロストロポーヴィチ人生の祭典』梅田ガーデンシネマ、『毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』テアトル梅田、レコード屋でCD『高田渡/高田漣 27/03/03』、『乗物図鑑』あがた森魚。また諭吉はいなくなってしまった。



奴らの居場所#5

二月十一日 『明智小五郎の事件簿』 黒蜥蜴』宝塚歌劇団花組 宝塚大劇場 『ビジュアルアーツ卒業制作展』冨士フォトサロン大阪 梅田

二月十四日 眼が痒くなる。

二月二十五日 『OKINAWA』須田一政 ビッグストンギャラリー 十三 『書道展』画廊喫茶エコー 大東市

三月二十七日 今年初めて雲雀の声をきく。

三月二十八日 今年初めて燕をみる。

今年の春の歌はあがた森魚のアルバム『ピロスマニア海へ行く』の中から『大理石に春を告げよ』

四月一日 黄砂。『The Midnight Ramblers ライブ』カフェ ハミングバード 生駒市

四月七日 ベルギー王立美術館展、杉本博司新収蔵作品展『様々なる祖型』国立国際美術館 中之島

四月十五日 『中納音楽教室 第41回演奏会』サーティホール 大東市





二千六年

九月二日 晴。佐川美術館有元利夫「女神たち」。
十月一日 雨。天王寺ミオ「Mio写真奨励賞展」、サブタレニアンズ村田兼一「迷宮の眠り姫」。
十月二十九日 晴。大東市アクロス「絵画と写真二人展」、姫路市立美術館「ロダンの系譜」。
十一月四日 晴。ナダール尾仲浩二「GRASSHOPPER -next jump-」、国立国際美術館小林信治「干渉する世界」「Collection 3」。
十一月十八日 曇。Gallery・DOT山村国夫「小さな旅のモノローグ・信楽の里」、neutron「FRAGILE」谷口和正。
十二月十日 晴。同時代ギャラリー「How are you photography」、Gallery・DOT宮川和博「TRACE IN SNOW」
十二月十七日 曇一時雨。フェスティバルホール サンクトペテルブルグ室内合奏団「クリスマス/アヴェ・マリア」
十二月三十一日 晴。シネリーブル梅田 合田経郎「こま撮りえいが こまねこ」

二千七年

一月十四日 晴。大阪府立淀川工業高等学校・工科高等学校吹奏楽部「第35回記念グリーンコンサート」
一月二十日 晴。ドーンセンター「コミカル&シニカル」。国立国際美術館「夢の美術館−大阪コレクションズ」
一月二十八日 晴。シネリーブル梅田 実相寺昭雄他「ユメ十夜」

といったように遊びほうけておりました。更新ほっぽらかしで申し訳ありませんでした。




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